経歴

原点にあるもの

少し、個人的な話をさせてください。
私は子どもの頃から、図工や美術、技術といった「かたちを創る」ことに心奪われる少年でした。小学校で作品が代表に選ばれたあの高揚感。数学や英語の成績よりも、「かたちを考えること」「空間を想像すること」に、理屈抜きの喜びを感じていました。

小学生の頃、作品を持ち帰ると父が深く感動し、こう言ってくれたことがあります。

「お前は、こういう道に向いているのかもしれないな」

その一言は、年月を経た今も、私の心の奥底に大切な指針として残り続けています。

住まいと向き合い続けた30年

私のキャリアのすべては日本を代表するハウスメーカー、大和ハウス工業の戸建住宅とともにありました。
立命館大学経済学部を卒業後、今日まで30年間その歳月のほとんどの週末を、私は「住宅展示場」という、お客様の夢が交錯する最前線で過ごしてきました。

芦屋に暮らし、阪神・北摂エリアのお客様と真摯に向き合い続けてきたこの時間。私にとってこの仕事は、単に家を「売ること」が目的ではありませんでした。
契約の瞬間よりも、間取り図を前にして、そこに流れる暮らしの機微を丁寧な言葉に紡いでいく時間。

「お客様の人生を一緒に考えること」。その対話の時間こそが住まいづくりの本質であると、幾多の現場が教えてくれました。

誠実な判断の積み重ね

営業として、そして展示場の責任者として、私は200を超えるご家族の、唯一無二の暮らしに寄り添ってまいりました。

しかし、それは単なる実績として誇りたい数字ではありません。200通りの人生の岐路に立ち会い、200通りの「決して誤ることのできない判断」を背負ってきたという、責任の重みそのものです。

一棟一棟において、私はどれだけ立ち止まり、お客様の未来のために考え抜くことができたか。規模の大きさや、声の大きさよりも、一つひとつの判断にどれだけ誠実であれたか。その積み重ねだけが、今の私の揺るぎない「基準」を形づくっています。

独立への想い ― 一人のプロフェッショナルとして

組織の中に身を置き、多くの機会に恵まれてきましたが、人生の節目を前に一つの決意をしました。

それは、効率や規模を優先する論理から離れ、一人の表現者として、お客様の人生に最後まで寄り添いたいという願いです。

繊細な対話と緻密な工程が求められるリノベーションにおいて、素材の選定からタイルの目地一ミリに至るまで、私自身が責任を持ち、私の志を共有する熟練の職人たちとともに、一切の妥協を排して向き合いたい。
Reno Design ASHIYAという場所は、私が30年かけて磨き上げた美学を、何の制約もなく形にするための「約束の場所」なのです。

感性と経験が、交わるところ

街を歩いていても、私の視線は自然と住まいの佇まいに向いています。「なぜ、この家は美しいのか」。理屈より先に心が動くのは、幼少期からの純粋な感性と、30年の現場経験が、私の中で一つに溶け合っているからだと思います。

私の経験は、過去を誇るためのものではありません。これから先、あなたの住まいと向き合う際の「判断」を、決して誤らせないために使うものです。

「家を直す」のではなく、「人生を再構成する」。

私の人生のすべてをかけて、あなたの邸宅と、その先の物語に誠実に向き合います。
大切にされている想いを、ぜひ私に聞かせてください。

TOP